■脱力法 

この楽器は、ストレスと言う厄介者が、事あるごとに頼みもしないのにやって来ます。
このストレスは、分かりやすく言えば「余分な力み、不必要な力み」のことです。
人間は、潜在的に意志力を持っているからこそ、わずかな面積の足の平で、
思い頭を乗せた体を支えて、立つことができるのです。
考えてみれば、地球の中心からの引力に逆らって立って動いている訳ですね。
人間が最も効率よく、見た目にも美しく活性化した状態で行動するためには、
できる限り余分な力みを排除し、
なおかつ必要なストレス即ち、体を支えてくれる力(パワー)との連携を保つ事(バランスを取る)
に関わっています。別の言い方をすれば、心身にとっての大切な働きである「リズム感覚」にも
深く関わることでありますが、「緩急」即ち「緩」=ゆるめる事であり「急」=良い緊張、支える事と
理解していただきたいと思います。(詳しくは後述)              
運動選手を見てもわかるとおり、如何に上手に下半身に付加をかけ、足腰を鍛えながら、
なおかつ不必要な上半身の力みを抜き、バランスを保つかが大切なのだと思うのです。

このことは、運動選手に限らず日常生活での、私たちの健康、活性化、即ち美しい溌剌とした動き、
機敏性、躍動感につながっています。
それは、スポーツにとどまらず、あらゆる芸術的作業(ダンス、歌唱、楽器演奏、武術、絵画制作、
書道、陶芸etc)にも通じるものです。これらの作業に関わる人々は、先に述べましたような事柄を、
十分意識、認識をされていると思うのですが、
そうでないと、ついつい無意識のままに過ぎてしまうのではないかと思うのです。
なにもプロの方々と同じような訓練をする訳ではありません。まずは意識して、あらためて見直す
ことで、素晴らしい知恵がもらえるはずです。そして、意識し認識することでしっかりと脳にインプット
できるのです。すぐに脳の回路が巡りだすことでしょう。
  
私は、どなたにも分かりやすくするために、脱力法を三つの種類に分けました。

1)上半身脱力=上記のとおり、活性化の中での脱力

2)部分脱力=咽喉、舌根、下顎、顔面筋肉等など(発声時に重要)

3)全身脱力=就寝時、休息時

日常的に「力を抜いて」とよく言いますが、ストレスの多い人ほど、中々抜けないのです。
自分自身に意識を持って行き、体の感覚に心を向けて居ますと、とても感じやすくなってくることと
思います。そうすることによって、緩めることは誰にも可能です。緩める=楽になると思うとやりやすい
かもしれません。

■正しく立つ

人が最も健やかに美しく、かつ効率よく行動するためには、正しい姿勢を保つことは言うまでも
ありませんね。この場合、素早く動き出す体制を整えた立ち方を、図によって示したいと思います。
重心が気持ち、前のめりのような状態と言ってもいいでしょう。 

1)上半身脱力
図に示したとおり、体を真横からみて、背中の肩甲骨の下あたりから、左斜め丹田のあたりに
かけて、袈裟掛けのように線が引いてあります。その線から上を上半身、と考えて頂きたいのです。
もちろん明確に一本の線で分けられるものではありませんが、イメージとして分けたものです。
背中の部分には、腰筋と連動して働く背筋があり下半身を支えるのにも必要な部分です。
上半身の余分な力みを排除しつつ、尚かつ支えるための必要な筋肉でもあるのです。
 

■実際に緩める 

緩めることによって、深い呼吸が可能になります。緩めるときには、自分の体にじっと耳を傾けること
が大切です。今、自分の体がどんな感覚なのかを感じてみましょう。
深く吐き切る呼吸、その反動で吸い込むたっぷりの吸気を、幾度となく繰り返すことで、
緩めることの効果が徐々に高められます。
それ故に、脱力と呼吸は表裏一体である、と言えるのだと思います。  
     
私たちは地球の引力に逆らって立ち、行動していると、先に申しました。
・緩めることのヒントは、いい形で立ち、軽く体を上下左右にゆすります。

砂糖つぼの砂糖を、軽くトントンとゆすりこむような感覚で、自分の上半身に留まっている力みを、
肩から腕への重みを感じながら降ろす方法です。 あまり真面目にやりすぎないように、
子供にかえったつもりで、遊び心を持って無邪気にやってみてください。その方が脱力しやすいと
思います。ゆすり落とした力みは、下にさがるほどに下半身のパワーになる事をイメージします。
腕を物体のようにぶら下げて居ますと、だんだんに腕の重さを実感できると思います。
その時、力を抜くことに集中しすぎて、姿勢までが崩れてしまわないようにして下さい。
支えるべきところを支えながら、緩めるべきところを緩めるわけです。
 

■イメージを描くことが大切

すっきりと立つには、地球の引力にまかせつつ、体の中心は、明らかに引力に逆らって立ち、
意識はそれ以上に無限に高い所をイメージします。
図に示したように、降ろすイメージ(肉体的力みも精神的なストレスも捨てるように)と高みえ登る
イメージ(大切なもの=心、精神、魂)と言う相反した作業が行われることで、心身供のバランスが
取れるのです。いろいろな場面で、からだと心に問いかける事、いいイメージを描くことは大切です。
何故なら私たちの体のメカニズムは、描くイメージ通りに反応するからです
「とても気分が良くなる」と、多くの方は言われています。
この方法は、瞑想に通じるものです。心を内に向け、伸びやかなすがすがしいイメージを描きな
がら、緩やかな呼吸(後に述べる香りの呼吸)を繰り返します。心の安定を促進します。

■緩めることとリズム感


総体的に言って日本人はリズム感が優れているとは言えません。
子供はみなリズムに敏感な反応を示しますが、大人になるに従って鈍くなるのはなぜでしょうか。
これは私の独断的な考えですが、文化的背景にあると思うのです。
日本文化の特徴は、形の文化、様式美の文化にあります。感情をむき出しにすることを良しとしない、
控えめであることが美徳とされる精神文化も、昔はありました。残念ながら現在では失われてしまった
ように思いますが、今の時代から考えますと、ある種閉塞感の伴うものであったと思います。
特に上流階級に見られる特徴でありました。
このような文化的背景は、庶民にも大きく影響があったと思います。
長い歴史の流れの中、明治、大正、昭和の戦中まで続き、戦後解放されて、その価値観は大きく変わった
とは思いますが、今になっても、根底にしみついたものはそう簡単に消し去ることはできないと思います。

欧米諸国の人からは、日本人は、いまだに裃(かみしも)を着ているみたいだね、などと評されることが度々
ありましたし、能面をかぶっているようで表情がないとも言われたものですが、確かに、思い当たる節は
たくさんあると思います。
このようなことを総括してみますと、今でもどこかに、閉塞感から脱却できないでいる部分があるのでは
ないかと感じる訳です。戦後、振り子は反対側へと大きく振られました。いまだ、安定することなく、
揺れ動いているように感じます。
これは自在感、安定感を失った状態なのではないでしょうか。そうであれば、真に内的な解放から生じる
躍動的な「リズム感覚」が不安定であっても無理のないことだと思います。

■「リズム」とは何なのでしょうか? 

音楽で習った拍子のこと? いいえ違います。ここで言うリズムとは「緩急」のことです。
例をあげてみましょう。たとえば、日本古来の大太鼓の場合、あの雄大な、お腹に、
体全体に響き渡る素晴らしい音を出すには、
ばちは軽く持つこと、腕も肩も余分な力を入れず、腰を定めて、尚且つ大変な集中力、体力を必要とします。
単に体力が必要なだけではありません。むちの原理とでも言ったらよいでしょうか。
余分な力が抜けていればいるほど、加えて、足腰の支えがしっかりしているほど、振り込む瞬間に
かける付加が生きて、パワー全開のいい音が出ます。

そして、次の瞬間は、次に振り込むための用意として力を抜き、さらなる付加、脱力付加、
脱力付加と瞬時に繰り返されます。
この時に、脱力が出来ず、妙な力みを有している場合、いい音がでません。そしてリズムも乱れがちになり、
持続力も低下します。これは、摂理であり真理です。いかなる場合にも通じます。
体で言えば、心拍も同じことが言えます。しっかりとした勢いのよい健康な心拍であるはずのものが、
極端な運動不足、極度の老化、病がある場合には、リズミカルであるはずの心拍は弱くなり、
乱れるようにもなります。また日常の歩行もおなじです。
地面を蹴る力が弱まりますと、歩行は頼りない感じになり、歩幅は小さく、姿勢は悪くなり、
上半身の方に付加が多くかかるようになる訳です。

料理の場合も同じです。トントントンとすばやくまな板の上で野菜を刻む時も、
初心者の音と手慣れたお母さんの刻む音は明らかに違いますね。
リズムとはそういったもの、とても大切なものなのです。緩急なのです。素早い力みの抜き具合を、
しっかりと体が覚えるようにするには、やはり無意識でいてはいけません。子供の時から、閉塞感を与えたり、
心配事があったり、自信が持てなかったりすることが多く、
そのような状態が長く続きますと、呼吸も浅くなりますし、躍動感も失われ、従って、
リズミカルであることも難し くなると思います。

ここでも申し上げますが、無意識でいてはいけません。意識し、認識することをしなければ、
脳にインプット出来ませんから、コントロールも不可能です。
リズミカルでいることは、自在感に通じています。リズミカルな人は、はた目からみても魅力的だ
とは思いませんか?
脱力法の極意はリズム感覚にあり、と言っても過言ではないと思います。

ここからは、脱力と発声に関わることです。細分化したまとめ方が、出来ない部分ですので、
ご了承下さい。
部分脱力についてお話しする前に、深い関係のある事ですので記すことにします。
日本語を駆使することに長年慣れている私たちには、気がつかないでいる側面が、一つあります。

■日本語の持つ特徴について

それは、日本語と言う言語が強いストレスをのどに与えている、という事実です。
この事については、耳鼻咽喉科の医師で、世界的な歌手をはじめ、日本の著名な歌い手、アナウンサー等、
声を生業とする多くの方々のノドを診察されてきた米山文明先生も言っておられました。
私自身も声楽を学ぶ時点で、強く感じたことです。様々な国の歌曲を原語で歌ってきましたが、
その中でも自国の日本語の歌が一番歌いにくかったことです。

本来クラシックの発声は、喉を開き、ノドに負担をかけないことが原則です。分かりやすく言えば、
ノド声ではなく、腹式発声(お腹から声を出す)をするわけです。腹式発声での歌曲は、
歌に伴う言語がどこの国の言葉であっても歌いやすいのです。
ところが、日本語の歌となると、日本語らしく歌おうとすればするほど難しくなるのです。
一体これはどうしたことか、と悩んだものです。
特に子音よりも、母音そのものの発音が違うことに気がつきました。

イ音とウ音に、特に開かれない閉塞感があることに気がついたのです。
声楽家の友人たちも、異口同音に日本語の持つ独特の力みを感じると言っていました。
それは、日本人なのだから、より日本語らしく発音しようと思ったことから発した疑問でしたが、
のちに、腹式呼吸で話す言語との違いであることが分かりました。

私たちは、歌う時には腹式呼吸での発声に馴れ、日常会話においては、長年慣れ親しんできた、
ごく日常的な口腔共鳴の強い(地声の含まれた)日本語に馴れていたのです。

うたう前にはしゃべるな、とよく言われましたが、外国人の歌手は「勿論しゃべりすぎはよくないけれど、
黙っているよりは、軽い楽しいおしゃべりはそのまま歌につながるんじゃないの?」と
言うのです。その時の体調にもよりますが、確かにそうだと思います。

言語文化の違い、腹式呼吸で話すか否かであり、言語発声時の排気量の違いが大きく働いていると
思います。腹式呼吸で話す場合、喉の力みは入り難くなり、その分お腹の支えが自然に働きます。
この発声に馴れると、外国語の発音は、美しく正確になって来ます。もちろん聴覚のはたらきにも
よりますが・・・・・
余談ですが、加山雄三さんが「英語の歌はうたいやすいんだが、日本語は歌いにくいんだよね〜」と
TVで語っていたことを思い出します。
彼の英語の発音はきれいですが、日本語のイ音、ウ音に
やっぱり抵抗を感じているのではないかな〜と思ったものでした。

■日本人の聴覚と風土と建築様式

発声器官と聴力器官は深い関係にあると思いますので、お話ししたいと思います。
私たちの聴覚は、純度の高い美しい音を聞くことによって、開かれると言われています。
美味しいものを頂けばいただくほど、舌が肥えるのと同じですね。
日本は、四季折々の自然の変化の大変美しい国です。風土は、湿度が高く従って、水分補給の
豊かな環境は、緑が美しく、又、特に女性の肌の美しさにおいては、世界中の女性の羨むところです。
しかしこの湿度の高さは、音響、共鳴と言うことになりますと、マイナスになってしまう訳です。

現代になってからは、洋風建築の導入によって、日本の国も鉄筋の高層ビルが乱立するようになり
ましたが、一昔を省みれば、湿度の高い風土に見合った木造建築であり、畳、襖、障子と言った
共鳴と言うことからみれば条件のよくない建築文化の時代が、開国以来営々と続いていたわけです。
それに比べて、特に西洋音楽の基盤が築かれたヨーロッパでは,湿度は低く建築様式は石造りで、
天井は高く、極めて共鳴の良い環境であったのです。

音響的な条件が良かったからこそ、倍音の派生が豊かで、倍音の不思議な仕組みと美しさが、
西洋音楽のハーモニーを作り出したという理由がよくわかります。
それとは逆に、日本の音楽(邦楽)が、単旋律の情緒纏綿とした形で発達したのも、理解できる
ように思います。私にとっては、西洋音楽は外に向かって無限に流れでるイメージ、邦楽は、
内へ内へと浸みこむようなイメージがあります。この両方の文化を包括しつつ、
これからは進まねばならないと思うのです。

■聴力を高める

先にも述べましたように、純度の高い美しい音質を聞くことによって耳は開かれます。
耳を傾けること、音に対しての集中力意志力をもって聞くことによって、開かれるのですから、
聴力を高めることは、誰にとっても可能なのです。

実際に医学的にも証明されていますし、聴力回復のための医療として実践されています。
これも無意識でいてはだめなのです。
いまや、騒音のるつぼと化した日常にあって、ほっておいたら、どんどん耳は悪くなるでしょう。
美しい音色は、聞こうと願わない限り、聞くことが出来なくなっている時代です。
CD、MD、アイポッド、等など音響技術の発達によって、いい音色で音楽を聴く事が出来るように
なりました。性能の高いオーディオ機器によって質の高い音を聞くことが可能になりました。
しかし不思議なもので、音楽の専門家の中でも、一般の音楽愛好者の中でも45回転33回転の
レコードを珍重する人が多くなっているという事実です。

ノイズがあっても、ある一瞬、素晴らしい音色のフレーズに心打たれると言うのです。
せっかくノイズのない、性能の高い音を聞けるようになったはずですのに。
人間とは実に不思議なものですね。人生そのものだと感じるのです。
豪華な食事ばかりでは飽きて、さっぱりとしたものを求めるように、騒音の多い不自由さの中にも、
何かキラッと輝くものがあれば、それが感動となり、慰めとなり、極めて美しいものに感じる訳です。
全てはバランスであり、自らが何を求めるかという意志力に関わることではないかと思います。
求めない限り、無意識でいては何事も身につかず、進歩しないのではないでしょうか。
騒音の中にあるからこそ、美しい音色を求めることは、耳を開き、バランスを取るための大切な
作業だと思うのです。

一つ心配なことは、イヤホーンをとおして、常時ヴォリュームの高い音を聞きなれていると
どうなるか、と言うことです。長い年月がたってみないと、結果は分かりませんが、純度の高い音
であっても、自然音でない音を聞きなれることは何か、本来の人間の聴力を阻むのではないかと
思っています。携帯電話の電波による障害についても、問題ありと聞き及びます。

■会話する時も同じ
さらに余談になるかもしれませんが、このような、意志を持って聞く、と言う行為は、会話の場合にも
通用する事ではないでしょうか。相手の言わんとすることに耳を傾ける、と言うことは、言葉は勿論
のこと、その奥にある更なる人の思いを察しようとする心の働きがあると思います。物理的に聞くだけ
ではなく、聞こえないところまでを聞こうとするイメージ力があってこそ、より深い理解が得られるのでは
ないでしょうか。
音楽を聴く場合においても、仮に音質が良くなかったとしても、好きな曲を聞こうとするときに、集中し、
思いを重ね、イメージを描き、共感できた時、感動し、癒され、慰められることがなかったでしょうか。
相手の言葉を聞くときは尚更のこと、集中して耳を傾けると言う行為は、何にも勝る愛しみの思いに
通じると思うのです。
物理的な事ととらえるだけではなく、そこに、愛しむ思いが重なって、初めて想像以上の効果が
もたらされると思います。それは、何よりも自らを愛しむことに繋がるのではないでしょうか。
しっかりと聞くということは、「声」を通して、しっかりと自分自身から発信することに通じるのでは
ないでしょうか。
日本語の持つ力み、聴力のことをお話ししましたが、このようなことを踏まえて、自分の「声」
を最も良い形で、明確に、魅力的に伝えるための方法を考えてみたいと思います。

ここで述べることは、発声法でお話しする事と重複しますが、双方に関わることですので、予備知識を
持っていただくためと、ご自分の楽器のなかでも、とくにのどについては、詳細をご存知ない方が多い
と思いますので、図によって示したいと思います。


■共鳴腔断面図

特に、共鳴腔断面図による発声時の声の共鳴(矢印)をみますと、大きく分けて4種類に分かれている
ことが分かります。

@理想的な形で、鼻腔、口腔の両方に共鳴している場合です。

A日本語の日常会話で用いられている共鳴は、多くの方々の場合、口腔共鳴が多く、ナ行マ行、ンを
除いた(この3種は、鼻腔共鳴なしには発音できない)音が、ほとんど口腔のみの共鳴である場合が
多いのです。発声時にノドの負担が多くなり、従って声を駆使する時間が長くなるほど、疲労がつのり、ストレスが
かかります。せっかく持ち合わせている共鳴腔を十二分に使っていないことになります。

B通常、鼻声と言われる響きの声です。
ごく稀に風邪を引いているわけではなく日常の声が、鼻声の人がいます。医学的な所見としては、
私には分かりません。口腔、鼻腔の形成に何らかの変形がみられるか、発声時の呼気(吐く息)とともに
発した声を鼻に抜いてしまう癖があることも考えられます。
この場合成長過程で周囲の近しい人からの影響と言うこともあり得ると思います。

Cこの場合は、しっかりと共鳴腔を捕らえるところまで息が動いていないことであり、くぐもったパワーの
ない声と言う感じです。呼吸のパワーの減退が考えられます。
また、年を重ねますと声帯自体が緩みがちになります。緩みますと、合わさりの悪さから息が漏れ、
パワーの乏しい声となっていることが多いように思いますが、この場合も呼吸機能の減退が伴う場合が
多いと考えます。
若い方での、このような声の場合、声帯自体に何らかの原因がある場合も考えられますので、
専門医に診てもらうことをお勧めします。
声は心理的な健康面とも深いかかわりがあります。意気消沈している時に元気な声を出す人はいない
でしょう。ただ、それが、日常になってしまっては困ります。ため息交じりの声が、日常化するようでは、
医師に診てもらう必要があります。

■息を体にめぐらせる
声を発する時には、呼気が自然に気道を通って声帯を鳴らす訳ですが、この息の動きを声楽の場合には
GIRARE(ジラーレ)=息を回す、廻らせる、と言います。 日本語の場合特に息を回すということには、実感もなく、
感覚的に理解しにくいようですが、これは、会話においても大切なことなのです。呼吸が常時よく体を
めぐっていると言う感覚は、腹式呼吸言語の国では理解されても、日本語を用いる我々には「?」ピンと
来ないことでしょう。自然な形で、声帯が振動するには、常時必要に応じてお腹が(腹筋)鞴(ふいご)の
役割を 果たさなければなりません。
絶え間なく息が送り出される必要があります。この事が、抑揚につながります。また、音楽(歌)の原点とも
言えるでしょう。外国語の発音を美しくすることにも関わっています。流暢に声を発することです。

ここで考えられることは、日本語と多くの欧米諸国の言語との(東洋でも複雑な母子音発音の多
い国も含められると思うが)排気量の違いと言うことです。日本語の単純な母子音発音は、排気量
が極めて少なくて済む、喉を開かなくてもすむ、と言うことが考えられます。
この事については私の体験的なことであって、数値で表したデータがある訳ではないことをお断りして
おきます。外国人の多くは、「呼吸する」と言うと、まず吐くことをイメージすると言いますが、日本人の場合は
ほとんどの人が、吸うことをイメージするといいます。
確かに、多く吸気を取らなくても、喉の緊張によって声を発することになれている我々は、話すことが、
息を消費すると言う感覚にはならないのかも知れません。その事と、声を響かせるための自然発生的な、
共鳴ということと大きな係わりがあると考えます。
もっともっと息を有効に十分に使いたいものです。その方が心身の健康にいいのですから。
体に息を回す(JIRARE=ジラーレ)ということが、お分かり頂けたでしょうか。
   

2)部分脱力=発声器官、顔面脱力
発声器官のうちには、言語を伴うために下顎も加わります。
顎と、舌、舌根は、常に連携しています。 
ですから、顎と舌は同時に力みを抜く必要があります。


あくび運動

大きく欠伸(あくび)をしてみましょう。最も口腔内の容積率が高められた状態です。
これがとてもいい運動になります。意識的に何度かやって見て下さい。
ついでに声を出して見て下さい。欠伸をしながら。ライオンのような声でいいのです。
軽く出して下さい。多少の声の高低をつけてみましょう。いい響きだと感じませんか?
多分うまくいったら、それは貴方自身の腹式呼吸の声です。

下顎及び舌の運動

あくび運動をしたら、顎の力を抜いて上下左右に遊ばせてみて下さい。出来るだけ素早く。
その時舌も同じように下唇のあたりに軽く触れるぐらいにして顎に仲良く添わせて
顎まかせにしましょう。言ってみれば、「アホ」になりきって遊んでいる状態が一番力みが抜けた状態です。
しかし、そう簡単に下顎と舌の力は抜けません。特に舌根の力みは常時くっついてきます。瞬間抜けても、
敏感なところなので、すぐ緊張したがります。
あくびは、心身ともに疲労感が伴う時に、「酸欠だ〜深い息をしてくれ〜」という体からのメッセージです。
呼吸と共に咽頭部の脱力の要求みたいなものでしょうね。
緩めることが上手になるほど、素早く活発に働くようになります。

唇と舌の単独運動

日本語の発音には「R」=巻き舌はありませんので、いなせな、江戸っ子のべらんめえ口調以外はない
といってよいでしょう。また、瞬間的にできる方はあっても持続するとなると難しいのです。
腹式呼吸でなければ持続できません。なぜなら、
息を強く送り出さなければ、舌が振動しませんし、舌が力まず柔らかい状態でなければ振動の持続が
出来ないからです。
この場合、「ルルルルル〜」と聞こえても「ル」と言う発音をしているわけではありません。
出来る人のようすを目と耳で確認するのもよい方法です。いっしょに動きやすくなることでしょう。
舌の先を唇に触れさせながら上下左右に細かく動かす運動(れろれろ運動)

唇を中心にした、顔面全体の運動
これらの発声器官および顔面の運動は、海外を含めてあらゆる「声」に関わる生業に携わる方々の
共通した運動です。
勿論他にもさまざまな方法はありますが、一般の方々には、むしろ美容のための美顔運動として
知られていると思います。一石二鳥の運動ですね。

3)全身脱力 
この場合は難しく考えることはありません。大の字になって全身を緩めましょう。
休息時の脱力ですから、体から、一切の余分な力みを抜きます。
なお、理想的な休息としては、自分の体が、「力が抜けて、楽になる楽になる〜」「手足の先
から温かくなる暖かくなる〜」と言ったプラス思考の言語によるストロークを自分自身に送る
ようにしましょう。余計な心配ごとなどのマイナスのイメージを描いてはいけません。

おなかに手を当てて、赤ちゃんの呼吸のように、ご自分のお腹がゆったりと上下に動いているように心がけて
下さい。力を抜いたつもりでも、結構胸や肩で呼吸している場合が多いのです。深い呼吸が身に付くほどに
お腹がゆったり動くようになるはずです。 そして、ご自分の呼吸がだんだんとゆっくりになり、深いけれど少量の
息で静かな呼吸になるのが分る筈です。なぜなら、運動量がぐんと少なくなりますので、酸素の供給は少なくて
済むからです。良いイメージと共に、ご自分自身を愛しむように、容認するように、「今日一日の苦労は、
一日にて足れり。我が身よ、ご苦労さんでした。」と言ってあげて下さい。
「誰もねぎらってくれない」などとマイナス思考にならないように。自分をねぎらうことはとても大きな癒しに
なるのですから。

自分の呼吸を感じ、心拍、血流を感じ、体温を感じるように集中していますと、寝付きやすくなるようです。
これも勿論、個人差があるとはおもいますが、人の意識の持ち方によってイメージする部分の温度(体温)が
上ることは、サーモグラフィーによって実証されているようです。

 


■総体的上半身の図解  声帯の位置するところ


■声帯を口腔から覗いたところ